弁護士 小川義龍 の言いたい放題

 30年選手の弁護士小川義龍(東京弁護士会所属)が、歯に衣着せず話します。

日経新聞のトンデモ社説(裁判員)

 司法制度論に関しては、突出しておかしな社説が多い日本経済新聞だが、久しぶりに凄いものを見た。

「5年の経験生かし開かれた裁判員制度に 」(日経新聞 2014/5/26付

 以下、引用する(原文はこれ)。

『刑事裁判に市民が参加する裁判員制度が始まって、5年がすぎた。今年3月末までに4万9434人が裁判員や補充裁判員に選ばれ、計6396人の被告に対して判決を言い渡した。
 制度はおおむね順調に定着しつつある。だが裁判員の辞退率が6割台に上ることや、守秘義務が厳しすぎて経験を広く共有できないことなど、課題も多い。
 新たな問題として注目されているのが量刑の判断だ。裁判員制度が導入されて、性犯罪や児童虐待を中心に従来より重い判決が出るようになった。検察官による求刑を上回る判決も増えた。
 ・・・(中略)・・・
 裁判員制度は裁判官、検察官、弁護士という司法のプロだけで完結していた裁判に民主的なコントロールをきかせる仕組みだ。
 裁判員の負担をできる限り減らして、より多くの人が参加しやすい環境づくりを進めなくてはならない。守秘義務も緩めて裁判員の経験を社会全体で共有し、制度を育てていきたい。』

さて、この社説

 とんでもないことを言っているのがおわかりになるだろうか。

まずは「守秘義務を緩めて」との点

 われわれ法曹にとって、守秘義務は最も重要な要素の一つだ。当然、全く同じように裁判員にも当てはまる。

 神父さん牧師さんが懺悔を口外しない、医者が患者の病気を口外しない、新聞社が取材の秘密を口外しない、どれも当たり前に大切なことだ。これを緩めて裁判員の経験を社会全体で共有せよとは、井戸端会議や飲み屋で裁判員経験を皆で語って盛り上がれといっているようなものだ。論外というべきだろう。

 ちなみに取材源の秘匿をちょっとでも緩めるべきだと誰かが主張しようものなら、日経新聞、おそらく目の色変えて抗議するんじゃないか。

裁判員制度が「民主的コントロール」との点

 裁判員制度は、市民の素朴な常識感覚を事実認定をはじめとする裁判に反映させようとする制度であって、決して民主的コントロールを主眼としたものではない。

 民主的コントロールを主眼とされてしまうと、裁判所は国会と同じになってしまう。裁判官も国民の多数決判断に拘束されるべきとの発想だ。これは間違っている。なぜなら、国民の多数決によって抑圧された少数弱者の権利を保護することも裁判所に期待されている役割の一つだからだ。

 民主的コントロールを強められては、裁判所は国会と同じく、多数の代弁者となってしまう。裁判所は民主主義(多数決)が支配する場ではなくて、自由主義(人権)が支配する場なのだ。

裁判員の「負担を減らして」との点

 世間の注目を集めるような裁判で、時間や手間がかかるのは当たり前だ。特に有罪の場合に死刑が想定されるような事案は、人の命を国が奪うかもしれないわけだから、なおさら慎重に臨まなくてはならない。

 それなのに裁判員の負担を減らすべきだとは本末転倒も甚だしい。裁判はいったい誰のものなのか。少なくとも裁判員のものではない。裁判員には、悲惨な証拠を直視して頂かなくてはならないし、自分の生活に影響が出ようと、十分な時間と労力をかけて取り組んで頂かなければならない。それが、刑罰を科するということだ。

 裁判員裁判によって宣告される刑罰は、人の自由や生命を強制的に奪うという、とんでもないことであって、裁判員の人生経験を深めるためのイベントではない。裁判員を経験したことがトラウマになってしまっても、その裁判によって強制的に命を奪われる被告人、強制的に長年にわたる自由を全て奪われる被告人の不利益と比べれば、やむをえない。犯罪者だからといって人権を軽視してはならない。まして犯罪者だと断定する前の、もしかしたら彼は犯人ではないかもしれない被告人段階ではなおさらだ。刑事裁判とは、そういうものだ。素人だからと、甘やかせる場面ではない。

 もし、国民にそこまで期待するのが無理なのであれば、そもそも裁判員制度は間違っていたのだ。この先、やめた方がいい制度ということになる。実際、私は、もうやめた方がいいと思っている。大手新聞が、こんなとんでもないことを社説で主張しなければ、この先維持できない制度なのだから。

「量刑」は重い方がいいとの点

 日経新聞は、刑罰の量刑は重ければ重いほどいいと考えているようだ。

 つまり、大衆が拍手喝采する量刑をどんどん科すべきとの意見のようだ。こういう大衆の拍手喝采によって、古くは魔女裁判が、そして太平洋戦争では、少数弱者を非国民としてさげすんだことを、あらためて思い出す必要がある。

日経新聞の社説を言い換えると・・・

 結局、日経新聞の社説は、こういうことだ。

 「今後の裁判員制度を維持発展させるためには、裁判員の守秘義務を緩めて、裁判員の負担を減らしつつ、民主的コントロールを十分きかせて、厳しい量刑を与えるべきだ」と。

 それは言い換えると、こういうことになる。

 「今後の裁判員制度を維持発展させるためには、皆で他人の秘密をオープンにしながら、裁判員の都合に合わせて手間暇かけなくていいので、拍手喝采の多数決で皆が叫ぶとおり、さっさと死刑にしろ」と。

 ・・・怖いよ、怖い。

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