弁護士 小川義龍 の言いたい放題

 30年選手の弁護士小川義龍(東京弁護士会所属)が、歯に衣着せず話します。

【連続ドラマ】弁護士抜きで臨む「調停」の怖さ(4)本人編・第3回

(前回からの続き)

 「ぜんぶそれ違います!警察にしてください!」

落ち着いて考えてみた

 私、さっきの待合室のお姉さんみたいに、思わず意味不明なこと口走っちゃった。涙ぐんで、次の言葉が出ないまま、ふるふる震えながら二人の調停委員に交互に視線を向ける。すごく悔しい。そうしたら、冷たそうな男の調停委員さんが、

 「・・・警察にしてくださいって、あなた言ってること、さっぱり意味不明だよね。おちつきなさい」

 って私のことにらんだ。やっぱりこの男の調停委員ってイジワルな人なんだ。優しいと思っていた女性の調停委員も、旦那の肩を持って嘘を真に受けてる。この人たち、二人とも信用できない。裁判所でこんな不公平なことが許されるの?

 「ここは家庭裁判所だから。警察と違うからね。それから、いま、こちらの佐藤調停委員が言ったことは、あくまでも相手方の言い分だからね。僕たちがそれをそのまま信用しているわけじゃない。そんなに興奮しなくてもいいと思うよ」

 あれ、今なんて言われた? もしかして、私、興奮しなくてよかった? 相手の言い分? ワカラナイ。でもでもこの男の調停委員さん、イジワルな顔して、私に正確なところを伝えようとしてる?

 「・・・言い分?」

 「そう、言い分。調停は、お互いの言い分を出し合って、その中で、妥当な解決方法があるのかどうかを僕らが間に入って考えてみようって言う仕組みだからね。我々も相手の言い分は正しくそのまま伝えないといけないから。いかにも僕らが相手の肩を持ってるみたいに聞こえちゃうかもしれないけど、そんなことないからね。」(※16)

 あれ? この男性の調停委員、怖いと思ってたけど、微笑むんだ。私が興奮して意味不明なことを口走ったのを、たぶん可笑しがってる。優しくこっちを見てる。そうか、そうだよね、確かに女性の調停委員も「彼の言い分は」って前置きしてた。彼の言ってることを伝言しただけだったのか。そうか、私の早とちり。

 調停委員に対する怒りはなんとか収まったけど、旦那に対する怒りは収まらない。だって、少なくとも彼は嘘ばっかり調停委員に話したってことだもの。どうしてくれよう。旦那のバカ!

 こんな感じにびっくりしたり怒ったりで、第1回目の調停期日は終わった。

 次の期日は約1ヶ月後に決まった。宿題として昨年度の源泉徴収票を持ってくるように言われた。パートで働いてたから年間100万円くらい収入があったから。(※17)

 でも、調停は独りで出来るって・・・確かに独りでやってるけど、独りで「やれる」のと、独りで「いい結果を出せる」って違うんじゃないかなあって思えてきた。

第2回期日・・・父と一緒に

 第1回期日では、 独りで心細い思いをしたので、今回はお父さんについてきてもらった。やっぱり独りでは不安だし、かといって弁護士さんを頼むのはお金がもったいないし、こういうときは社会経験豊富なお父さんが一番頼りになると思ったから。法務事務所の行政書士さんに一緒に来てくれるか尋ねたら、行政書士さんは一緒に来られないんだって。書類作るだけで、出しに行くのも私だし、調停期日にもついてきてくれないし、なんか全然頼りないんだね。どうせ独りでやるしかないなら、申立から全部やればよかったって思った。今さら後悔。

 家庭裁判所の薄暗い廊下を通って、今日は、お父さんと一緒に待合室に入る。少し心強い。二度目なのでこの先の流れもわかる。少し落ち着けてる。またあの女性の調停委員が私のことを呼びに来るのを待てばいいんだ。あ、来た来た。

 「Aさん、こんにちは。●号調停室へどうぞ」

 父も立ち上がった。一緒に調停室に向かって歩こうとすると、調停委員が、

 「あら、こちらの方はどなた? 弁護士さん?」

 「いえ、違うんです、うちの父です。今日は一緒に付いてきてもらったので、よろしくお願いします」

 「Aの父です。うちの娘が本当に、お手数をおかけしてます。こんなことしでかしちゃって、もう、本当に申し訳ありません」

 深々頭下げてる。待合室のみんなが見てる。やだ、恥ずかしい。お父さんったら、しでかしちゃって申し訳ないなんて、私が何か悪いことしたみたいじゃない。お父さん、もしかして凄く緊張してる?

 「はじめまして、調停委員の佐藤です。・・・それで、お父様にはわざわざお越し頂いて申し訳ないんですけど、調停室にはご本人以外は入れないんですよ。手続代理人の弁護士さんだけは別ですけど、お父様は待合室でお待ちいただけますか」(※18)

 だって。がーん。聞いてない。いや、聞いたかも。調停を申立てたときにもらった注意書きみたいなのに書いてあったかな。覚えてない。やっぱり今日も私独りでやらないといけないんだ。ショック。

 「・・・わかりました。じゃあ、お父さん、ここで待ってて」

 「あ、う、うん。待ってる。おまえ、大丈夫?ハンカチ持った?お茶は?ある?襟、曲がってる」

 お父さん、宇津井健が慌てたみたいに前髪揺らして大げさに頷きながら、なんだか遠足に行く娘を送り出すみたいなこと言ってる。やっぱりあたしより緊張してる、きっと。お父さんがこんな様子じゃ、調停室に一緒に入ってもらっても同じことだったね。あたしのことなんだから、やっぱりあたしがしっかりしなきゃ!結局独りだと思ったら、少し力が湧いてきた。

意外といい人

 調停室に入ると、前回調停内容の復習があった。そして、女性の調停委員から、

 「じゃあ、宿題の源泉徴収票、出してもらえる?」

 予め用意してきた、年末職場からもらったのをそのまま渡した。

 「あら、これコピー取ってこなかったのかしら? コピー2部作ってきてくださいねって言ったはずだけど・・・」

 あ!そういえば、前回そんなこと言われてたっけ。後半あんまり驚いたもんだから、調停委員さんの話をすっかり忘れてた。

 「すみません!コピーしてきます。本当にすみません。近くにコンビニは・・・」

 宿題を忘れて先生に注意された小学生みたいに、慌てて調停室から出ようとしたら、怖いけど、もしかしたら優しいかもしれない男性の調停委員さんが、源泉徴収票を手にとってすっと立ち上がって、

 「ああ、いいですよ。これだけなら裁判所でコピーしてあげる。次からはちゃんと言われたとおり準備してくるようにね」(※19)

 あ、優しい。怖いと思ってた男性の調停委員さん、すっかり評価逆転。いい人。・・・って、あたし、人に対して簡単に善し悪し判断しすぎかな。そうだよね、旦那と結婚決めたのも、一緒に「エンタの神様」見てて、笑いのツボが一緒で、この人いい人と思っちゃったからだし。結果、大ハズレの大嘘つきだったんだから、ちょっとしたことですぐ、この人いい人とか思わない方がいいのかも。

「サンテーヒョー」?

 旦那の源泉徴収票は既に提出されてたみたいで、私の源泉徴収票と並べて、調停委員の二人、なんだか薄い冊子のようなものを見てる。何だろうと思って不思議そうな顔でのぞき込もうとしたら、女性の調停委員が、

 「これは、『算定表』です。これにお互いの所得を当てはめて『婚費』を計算するのね」

 サンテーヒョーとかコンピとか何だろうと思ったら、算定表はどうやら生活費を計算する早見表らしいことがわかった。コンピは婚費、つまり婚姻費用つまり私と子どもの生活費の専門用語だとわかった。

 ネットで調べた情報の中には、生活費は普通のサラリーマンなら子ども一人あたり5万円前後だとか書いてあるのもあったけど、どうやら全然違うみたい。ネットって離婚問題に関してググると、いっぱい情報が出てくるけど、間違った情報もたくさん混じってるみたいね。危ない危ない。

 「算定表でざっと計算すると、彼の税込み年収が1500万円で、あなたが100万円だから、小学6年生の子ども一人だと、あなた方の婚費は月額24万円程度ね」(※20)

 前回彼から言われた10万円より全然マシだけど、私が思ってる30万円には届かないなあ。

 「・・・そうなんですか。でも、彼が単身赴任中には、水道光熱費とか別で30万円送金してきてくれたので、それくらい欲しいなと思ってたんですけど・・・」

 今回はちゃんと自分の意見を言えた。

 「ああ、でも家庭裁判所では、いま、算定表に基づいて計算するのが普通だから、この額だわね。30万円は残念ながら無理です」

 女性の調停委員、気の毒そうな顔をして言う。すると、男性の調停委員が口を挟んだ。

 「確かに最終的には佐藤調停委員が言うとおりなんだけど、それは話し合いがつかなかった場合だね。算定表より高くても安くても、それで合意しちゃいけないっていうものじゃないよ。あなたが30万円欲しいっていうなら、試しに彼にそう伝えてあげましょう」

 わあ、やっぱり本当はいい人なんだ。30万円で旦那を説得してくれるのかな。期待。(※21)

待合室で

 待合室に戻ると、お父さんが、「ど、どうだった?」と聞いてきた。「うん、まあ」とだけ言った。

 どうせ話したって理解しないだろうし、話せばよけいしつこくあれこれ聞かれそうで、話したあげく、調停室であたしがどんなに頑張ってるか知りもしないで、もっとしっかり頑張れとか言いそう。子どもの時からお父さんはそう。中学バレー部の県大会で優勝を逃して泣いてたときだって、おまえは頑張ったんだから大丈夫だ、おまえらが一番強いのは知ってる、また頑張ればいいじゃないかとか言ってた。そういうことじゃないのに。

 こんなお父さんだから、私から頼んでついてきてもらって申し訳ないんだけど、話せば鬱陶しいことがわかるから、あまり話したくなかった。調停室に一緒に入れないってわかってたら、ついてきてもらわなきゃよかった。

 私が黙っていると、「な、どうだったんだよう?」って、もう一度私の顔をのぞき込むようにしながら聞いてくる。お父さんのこと正面から見て、「まだよくわからないからっ!」って強く言っちゃった。ごめん。でも、今、こんな状態でいろいろ話すの無理。お父さん、ちょっと悲しそうな顔しちゃったけど、それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、ペットボトルのお茶を黙って渡してくれる。あ、泣きそう。

 でも、ここで泣いたら泣いたで、こんどは周りの目がもっと面倒くさそうなので、我慢した。我慢して、お父さんが渡してくれたペットボトルのお茶をごくごくごくごく。喉なんて渇いてなかったんだけど、飲み干す。飲み干したペットボトル、黙ってお父さんに返した。沈黙。

 こんなふうにして、待合室で考えていたことは、調停って思ったよりずっと面倒くさくて憂鬱でわけわかんなくて怖くて心細くて、ちょっとだけ優しいのかなってこと。

 今日は前回みたいな叫ぶお姉さんはいなかったけど、周りを見ていると、殆どがおそらく弁護士さんと一緒に来ていて、交代で待ってる間にひそひそ打ち合わせしているっぽい。すごく羨ましい。私なんて、なんにもわからなくて、聞く人もいなくて、ネットの情報に右往左往させられながら、手探りのまま進めてて、ちょっとズレた心配してくれるだけでこの場の頼りにはできない(でも大好きな)お父さんが隣に座ってて、調停委員さんたちは二人ともいい人っぽいけど私の味方じゃなくて、私の得になるように進めてくれてるわけでもなくて。こんなときに旦那がいたらって思うはずの旦那は、いままさに相手方。嘘ばっかりつくし。バカ。

またしてもまさかの。

 再び呼ばれて調停室に入る。

 女性の調停委員が、相変わらず優しく穏やかに語りはじめた。でもこの女性の調停委員、表情優しく見えるだけで、実は結構杓子定規なことしか考えてない人なのかもって、ちょっと警戒してる。一方、男性の方は、ぶっきらぼうで冷たそうに見えるけど、実は優しいのかもって。

 「旦那さんに、30万円、提示してみました。・・・でも、やっぱり無理だそうです。単身赴任の時も、無理をして払っていたらしいので、年収も上がってないし、話になりませんということでした」

 「・・・そうですか、わかりました」

 「ただ、彼は相変わらずあなたの浪費を問題にしてて、そういう過去分の精算をしたいから、しばらく月額10万円だと言い張るので、それはダメですと言っておきました。婚費はあなたと子どもの日々の生活費なので、過去分を精算して安くして払うとか、そういう借金の返済みたいなことは認められませんって言っといてあげたわよ」

 そうなんだ。調停委員さん、ありがとう。わからなくて、私が言えないこと見えないこと、ちゃんと言ってくれるだ。自分で全部主張しなくても、調停委員さんが正しい方向に導いてくれるんだ。(※22)

 「そこで、あなたに見せたのと同じ算定表を彼にも見せて、お二人の収入だと月額24万円くらいになることを伝えました。そうしたら、20万円までなら払いますっておっしゃってました」

 え、まさかの20万円。サンテーヒョーの額から4万円も少ないじゃん。そんなのヤダ。

 「それ、さっきおっしゃった額より4万円少ないですよね。それじゃ、ちょっと・・・」

 「そうなんだけど、算定表の額でぴったり決めなきゃいけないわけじゃないのよ。もちろんこの額がイヤなら、この調停を不成立にできます。そしたら、審判手続に移行して、裁判所が婚費の額を決めることになります。たぶんさっき算定表で計算したような額が認められるかもしれないけど、審判って一種の裁判なの。あなた、裁判、自分独りでできる? 調停と違ってちゃんと書面を出したり、いろいろ手間がかかるし、時間もかかる。その間生活費はまだもらえない。裁判のために弁護士さんをつけたら弁護士費用もかかる。それだったら、ちょっとくらい少なくても、ここで合意して今月から受け取るという手もあるんじゃないの。彼、20万円でよければ、今月からすぐ払いますって言ってくれてる。」

 そうなのかなあ。なんか納得いかないなあ。20万円なら今月から払いますって、旦那がなんだか恩着せがましく言ってるみたいだけど、払わない旦那がそもそもおかしいんじゃないの、払うのが当たり前だよね? しかも値切るなんて、せこい男。

 そんな旦那の肩を持つみたいに話してくる女性の調停委員、やっぱり彼の言い分をうのみにして私が浪費家の悪妻だと思ってるんじゃないだろうか。彼の言い分とかいいながら、すっかり言いくるめられちゃってるんじゃないかな。彼、商社の営業パーソンだから、弁は立つんだよね。(※23)

 でも、よくよく考えてみると、調停委員さんの言うことは正しいように思える。しかも、殆ど裁判官みたいな人だから、間違ったことは言うはずないよね。やっぱり少しくらい少なくてもここでまとめちゃった方が得だよね。うん、決めた!こういうことは深く考えてても仕方ない。いままでもらえなかったものが20万円でももらえるんだからマシだと、前向きに考えなきゃ。(※24)

 「・・・わかりました。本当は嫌だけど、先生方がおっしゃるように20万円で、もういいです」

 「そう、よく決断なさったわね。4万円しか違わないことだし、こうやって早く解決する方が、お互い長く調停を続けて言い争いをするより全然いいと思うの。そしたら、彼に金額の了解が取れたことを伝えるので、また待合室でちょっと待っててね。」

 調停委員さん、なんか肩の荷が下りたみたいで嬉しそう。私にすごく不満が残ってても、とにかく調停がまとまることだけが嬉しいみたいに見えて、ちょっとがっかりした。

 あ、そういえば、もうひとつ確認するの忘れてた。

 「あ、あの、確認なんですけど、この20万円には、子どもの学費とか携帯代とか彼の銀行口座から自動引き落としされるものは含まれてないんですよね。彼、単身赴任の時も別に負担してくれてたし、彼から送金してもらえる現金が20万円ということで、別で・・いい・・ん・で・す・・よね?」

 私が話し終わらないうちに、調停委員の二人が顔を見合わせた。心配になって、男性の調停委員さんがきっと、「その通り、別だよ」って言ってくれそうな気がして、その目をのぞき込みながら、たどたどしく言葉を続けた。男性の調停委員さん、ちょっとため息まじりに、

 「全部、込みです。水道光熱費も携帯代も学費も、ぜーんぶ込みで20万円。それが婚費ね。込み込み。わかる?」(※25)

 言い切られちゃった。

  え”ーっ? コミコミで20万円!? 

 聞いてないし。

 

(つづく)※次回、ドラマ編、怒濤の最終回。

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