弁護士 小川義龍 の言いたい放題

 30年選手の弁護士小川義龍(東京弁護士会所属)が、歯に衣着せず話します。

【連続ドラマ】弁護士抜きで臨む「調停」の怖さ(8)解説編・第3回

(前回は解説編・第2回)

調停調書を見るなりムムム

 Aさんから調停調書を見せられて一瞥したオガワ弁護士。眉をひそめてムムムという顔をした。その表情を見て,心配になるAさん。

※16 調停委員に悪意はない

A「・・・先生,なんか難しい顔なさってますけど,私が独りで終えた調停,だめだった・・・です・・・か?」
オガワB「あ,いや。調停調書の中身については,あとでじっくりお話ししますね。ところで,さっきまでの話の続きですが,調停委員は,お互いの言い分を伝える役目なので,相手の肩を持っているような印象を受けることがあります。でも,それは誤解です。調停委員はかなり苦労の多い仕事だと思いますから,そういう苦労をしてでも問題解決のお手伝いをして上げたいという篤志家です。とはいえ,弁護士の調停委員であればともかく,そうでない調停委員だと,一般市民がどんな悩みを持って,何が原因で,どうして調停申立をせざるをえないのかという現実に対する経験が乏しく,当事者の気持ちを,裏の裏まで読み取ってすくい上げてくれる人は少なそうです。」
A「調停委員さんたちは,悪気はないけれども,私たち素人がどういう気持ちで調停に臨んでいて,どれだけ知識がないかということまでは,なかなか配慮してくれないこともあるんですね。」(本人編・第3回※16)
B「そうです。だから,独りで調停を終えた結果,調停委員に騙された,裁判所に騙されたと言って,相談に来る方がいますが,きっとそれは,騙されたわけではありません。十分理解できないまま,その場の雰囲気に飲まれて調停を成立させてしまって,あとになって思っていたこととは違うと気づいただけだと思います。もちろん結果として不本意に違いありませんから,なんとか改善できればいいのですが,調停成立させてしまっては後の祭りです。だから,調停成立させるまでに,十分状況を理解しながら進めなくてはなりません。この理解に調停委員が親切に手助けしてくれるとは限らないので,自分の味方,つまり自分が依頼する弁護士に手助けしてもらって,状況を理解して,思ったとおりの調停を成立させることこそが大事なんです。」

※17 収入証明

A「ところで,婚姻費用分担調停では,収入証明を出して下さいと言われました。これはどうして必要だったんでしょうか」(本人編・第3回※17)
B「あとで詳しく説明しますが,現在の家裁実務は,双方の年収を<標準算定方式>という計算式に当てはめて婚姻費用等を算出することが普通になっています。このため,当事者双方の直近年収を把握する必要があるからです」
A「私も夫も勤め人でしたから,源泉徴収票を出しました。ちなみに,勤め人ではない自営業者だとか無職の専業主婦だとかはどうしてるんでしょう?」
B「自営業者は給料をもらっているわけではないので源泉徴収票はありませんね。しかし事業収入等はあるわけですから,毎年確定申告をしているはずです。この<確定申告書>の写しを提出することになります。また,専業主婦はそもそも収入がなく,源泉徴収票も確定申告書もありませんから,<非課税証明書>を提出します。つまり収入がないことの証明書類です。非課税証明書は,居住する自治体の市区役所などから出してもらいます」
A「婚姻費用分担調停で提出する源泉徴収票の見方なんですが,いろいろ金額が並んでいます。どの項目が重要なんでしょうか。「支払金額」という欄と「給与所得控除後の金額」という欄があって,それぞれ額が違うんですが・・・」
B「支払金額が重要です。つまり,税金等諸費用控除後の手取額ではなく,控除前の支払総額ですね。婚姻費用は支払総額をベースにして計算します。源泉徴収票の一番左側欄に書いてある額です。これが確定申告書の場合には,確定申告書は左上から「収入金額等」「所得金額」「所得から差し引かれる金額」と下に並んでいますが,中段の「所得金額合計」に書かれている額を基準とします」 

※18 弁護士以外の同席は不可

A「私の調停には途中から父がついてきてくれたんですが,調停室には入れないと言われました」(本人編・第3回※18)
B「そうです。調停は,訴訟と違って非公開の手続ですから,当事者以外は同席できないという決まりです。傍聴もできません。したがって,待合室まで一緒に居ることはできても,調停室の中に入って発言することはもちろん,黙って傍聴することもできません。調停に同席できる第三者は,手続代理人の弁護士だけです」 
A「やっぱりそうですよね。なんとなく雰囲気で分かります。ただ,待合室だけでも父と一緒に居られたことは,少し気が楽でした」
B「はい。私が手続代理人として同行する場合でも,ご心配な親族がいらっしゃる場合には,待合室まで一緒で構いませんと申し上げることがあります。調停は冷静に話し合いをすることが重要なので,いかに弁護士が同行していても緊張すると思います。親族でも友人でも,一緒に居てもらうだけで気楽になるという人がいれば,同行してもらったらいいでしょう。ただ,調停の待合室は,どの裁判所も狭いので,何人も一緒に連れてこない方がいいですね」 

※19 提出書類はコピーを最低2部

A「先ほどの源泉徴収票ですが,原本をそのまま出そうとしたら,調停委員さんから,コピーして持ってきて欲しかったと言われました」(本人編・第3回※19)
B「はい,どんな書類でも,原本はかけがえのない唯一のものですから,手元でちゃんと保管しなくてはなりません。裁判所もそんな貴重書類を預かりたくありません。だから,調停に限らず,裁判で書類を提出する場合には,原本ではなく,原本のコピーを提出するのが原則です。この場合,裁判所に提出する用と,相手方に渡す用と,2部コピーして同時に提出します。もし相手方に見せたくないという事情がある場合には,裁判所に<非開示>としたい旨の申請をして,裁判所用だけ提出します。」
A「コピーだけ持って行けばよかったんですね」
B「うーん,正確に言うと,コピーと一緒に原本を持って行けばよかった,ですね。コピーを提出する際に,原本も併せて見せて,確かに原本のとおりコピーしたことを示すのが正式です。支払金額を変造コピーしてごまかしていないことを示すわけです」 
A「私の時は,調停委員さんが裁判所でコピーしてくれました」 
B「それは親切でよかったですね。源泉徴収票はコピーしても1枚程度ですから,そういう配慮をしてくれる調停委員も居ます。でも,本来コピーは当事者各自が予め行うべきもので,コピー1枚といえども裁判所の経費を無駄遣いしてしまいます。ですから,厳しい調停委員だと,待合時間にコンビニでコピーしてきてくれとか,次回までに再提出してくれとか言われます。それが原則ですから文句は言えません」 

※20 「算定表」って何なん?

A「ところで,<算定表>ですけど,あれって何なんですか。表に当てはめて,杓子定規に決められちゃった感じで,今でもちょっと納得がいかないです」(本人編・第3回※20)
B「現在,家庭裁判所の実務では,婚姻費用は特定の計算式によって算定することが多くなっています。この計算式のことを<標準算定方式>と言います。この標準算定方式は,単純な数値を簡単に加減乗除するだけの小学校低学年でもできる計算式ですが,それにしても,暗算できるほど短い式ではないので,簡易な早見表が作られています。この早見表のことを俗に算定表と呼んでいるんです」
A「ああ,そうなんですね。算定表は早見表なんですか。算定表って上限が2000万円までしか書いてないので,それ以上の年収の人はどうするのかなあとか想像してました」
B「はい,算定表はあくまでも<ありがちなケースに限った早見表>なので,年収2000万円を超えるケースだとか,離婚後に支払義務者が再婚して扶養家族が増えた場合だとか,公的給付を受けている場合だとか,算定表に当てはめられないケースは,標準算定式に当てはめて個別に手計算します」
A「2000万円を超えても婚姻費用は算定表の上限一杯にしかならないよとか,失業保険や年金を受け取っていてもそのまま算定表に当てはめればいいよとか,ネットには色々書いてありますが,そうではないんですね」
B「ちょっと違いますね。ただ,標準算定方式も,法定された唯一の計算式ではありませんし,まだ細部まで確立しているわけではなく,審判例によって微妙に判断や計算が違います。したがって,おおよその目安程度に考えておく方が無難かもしれません」
A「そうなんですか」
B「はい。例えば,算定の前提となる基礎収入を決める際に<基礎収入割合>というレートを用います。このレートは,収入が大きくなるほど小さい割合になってゆくわけですが,このパーセンテージがはっきり確立していないので,既に基礎収入を決める入り口の計算段階で,浮動的な要素があります。また,婚姻費用の基準額が一応算出された後にも,私立学校の学費だとか住宅ローン支払中の居住利益だとか,こういったものを特別支出というんですが,これをどう加減計算するかもその額や算式が一律には決まっておらず,やっかいですね。結局,収入が高かったり,特別の事情があったりするケースは,算定表や標準算定式だけで簡単に金額が決まるわけではありません」 

※21 算定表を上回る合意・安すぎる合意・そして回復?

A「ちなみに私の場合,算定表では月額24万円の婚費と言われたんですが,以前は30万円もらっていたので,30万円欲しいと伝えてもらいました。これはよかったんですか?」(本人編・第3回※21)
B「はい,算定表は双方が金額の折り合いがつかなかった場合に,やむをえず公平に調整するための計算ツールですから,当事者が合意するかぎり,算定表以上の額でも以下の額でも構いません。まあ,算定表以上や以下の極端な額で合意するケースは,婚姻費用の法的な考え方について十分理解していない当事者だったりするので,後になって高いとか安いとか後悔して紛争に発展することも多いんですけどね」
A「じゃあ,婚姻費用の相場に無知なまま算定表より安い額で合意してしまって,あとで算定表の額まで戻せという増額請求はできるんでしょうか?」
B「残念ながら,いったん合意してしまった以上は,よほどの事情変更がないとなかなか難しいですね。確かに,婚姻費用は,借金返済と違って,一旦合意しても,双方の収入の増減など事情の変更があれば増減額請求できます。増減額請求は民法に規定されている権利です。しかし,収入の増減など事情の変更がないのに,一旦合意した額が算定表より安いとか高いとか,そういうことだけで変更は認められません。当事者の合意はそれほど重視されるのです。合意が簡単にひっくり返せたら,調停や契約の意味がありませんからね。後悔しているとか相場を知らなかった,というのは事情変更にはあたらないのが原則です」 

※22 調停委員による調整

A「結局,私の調停では,算定表で月額24万円になるところ,私は30万円要求しました。調停委員さんがそれを彼に伝えたところ,彼は10万円しか払いたくないということだったみたいです。でも,調停委員さんが,私に確認するまでもなく,そんな額はおかしいとたしなめてくれたみたいです」(本人編・第3回※22)
B「調停委員も,ただの交渉仲介人ではなく,法律が支配する家庭裁判所の調停委員です。あまりに不当な主張や,公序良俗に反する内容は,当事者の意見を聴くまでもなく,それはダメと言ってくれることがあります。さすがに24万円が算定表相場であるところを,10万円というのは,特別な事情がない限り門前払いでしょうね」 

※23 弁の立つ相手方に心配 

A「調停って,相手方とは顔を合わせずに,交互に調停室に入って調停委員を通じて話し合うだけに,いったい彼が調停委員に何と言っているのか,弁の立つ彼に調停委員が丸め込まれないか,とても心配だったのですが,実際,どうなんでしょう?」(本人編・第3回※23)
B「調停委員も,一応,話し合いの仲立ちをするプロですから,簡単に丸め込まれることはないと思います。もちろん駆け出しの調停委員もいるはずですが,調停委員は必ず2名一組で臨みますので,駆け出しの調停委員がいるなら,もうひとりはベテラン調停委員のはずです。それに,調停は話し合いですから,いかに相手方の弁が立って調停委員を丸め込んだところで,調停委員が何かを決めるわけではありません。これが訴訟や審判との違いです。したがって,相手方が口が達者かどうかはあまり気にしなくていいでしょう。ただ,お話し上手な方が,事実関係を正しく調停委員に伝えやすいことも事実ですから,相手方がどうであるかよりも,こちらが調停委員に対して,事実や要求や窮状を正しく伝えられるようにできると,調停委員の理解が早まって,調整も上手くしてくれるのではないかと思います。そういう意味で,ちゃんと説明できるかどうかは大切です。結局,訴訟でも調停でも,裁判所を法律と主張と証拠に基づいて説得するプレゼンテーションなんですよ。調停も,調停委員に対する効果的なプレゼンテーションがポイントだと思って下さい。プレゼンテーションが苦手だと思うなら,得意な弁護士を手続代理人として伴って行くことです」 

※24 いくらでまとめるか

A「結局,私,24万円が相場でありそうなところ,20万円で決めちゃったんですが,これ,正しかったですか・・・?」(本人編・第3回※24)
B「うーん,難しいところですね。僕が就いていたなら,24万円を割る金額では調停成立させなかったかなあ。もちろん1万円前後のマージンはありえますが,婚姻費用は金額がかなりはっきりと出る分野ですからね。審判で決定されそうな金額予想もしやすい。つまり標準算定方式への当てはめです。だから,裁判所が審判で決めたらおそらく24万円と出してくれる可能性が高いケースで,特に譲歩するメリットもないのに4万円も値引きしたのはちょっと痛かったですね。月額では4万円ですが,年間48万円ですよ。お子さんが成人するまであと8年程度としても合計約400万円の違い。大きいですよね。婚姻費用って月額単位で合意するので,1万円程度たいしたことないと思いがちですが,長い期間続くものです。総額で考えて検討しないと損しますよ」 
A「あー,やっぱり。しまったなあ・・・」 

※25 学費も水道光熱費も込み込み

A「ところで,婚姻費用って,現金でもらえる生活費のことだと勘違いしていたんですが,現金手取りという意味じゃなくて,彼が金銭的に負担しているものは全部含まれるんですね」(本人編・第3回※25)
B「はい。ときどき,家賃や学費,水道光熱費や携帯電話代,クレジットカード代,こういう実際に現金としてもらっていないが相手に負担してもらっているものは別枠と勘違いしている人がいます。もちろん別枠として相手が任意に負担し続けてくれるなら問題ありませんが,調停になって争っている当事者である相手方が,そんな大盤振る舞いしてくれることはまずありません。したがって,算定表から導かれた婚姻費用の額が,手取りであろうとなかろうと,全て込み込みだと思っておく必要があります」

 ・・・Aさん,なんとなく自分がちょっぴり損をしたことに気づき始めた様子で, 少しうつむき加減で,上目遣いにオガワ弁護士を見つめながら話を続けた。

(つづく)※次回,いよいよ解説編最終回。

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