さて、今日は、本を執筆している弁護士がどうかという話をしてみよう。当然だが、小説の執筆を念頭に置いているのではなく、法律書の執筆をしている弁護士のことだ。テレビ出演と同じく、書店に並ぶ本を執筆している弁護士は、なんとなく専門家っぽい印象を受けると思う。これが本当にそうなのかだ。
まず本のジャンルを見るべし
その本がどんなジャンルであるかが重要だ。本と言っても(1)一般向け実用書、(2)法曹業界向け専門書、(3)雑誌掲載、こういったジャンルがありうる。
このうち、一般向け実用書や、一般向け雑誌連載などは、その弁護士のポイント評価には繋がりにくい。テレビ出演と同じく、たまたま知り合いの編集者から頼まれて書いたとか、自分から売り込んで書いたとか、そういう執筆動機だったりするからだ。特に、一般向け実用書の中には、執筆者が広告宣伝目的での自費出版もあったりするから、その分野に強いとは限らない。したがって、一般向け書籍・雑誌の執筆は弁護士の経験値を図るあてにならない。
一方、法曹業界向けの書籍(法曹業界向け雑誌を含む)を執筆している場合には、その分野の経験値がそれなりに高いと判断できる場合が多いだろう。なぜなら、業界向けには「はったり」が効かないからだ。一般向けには浅い経験でもっともらしいことを適当に書けそうだが、業界の弁護士向けに書く場合には、経験や知識が乏しかったらすぐメッキが剥がれてしまうからだ。下手をすると恥をさらすことになるから、業界向けに堂々と文章を書ける弁護士は、その分野については相当自信があると思ってよいだろう。
業界向けの本か一般向けの本かは、素人目にも、内容や書き方で何となく見分けがつきそうだ。例えば、「少額訴訟の起こし方」などというタイトルは、いかにも一般向けのハウツー本だ。また、「あきらめるな!借金整理」のようなタイトルは、いかにも借金に困った一般人に読んでもらいたいようなタイトルだ。タイトルや帯や中身を読めば、自分たち市民向けに書いたのか弁護士向けに書いたのか、だいたいわかりそうだ。それで弁護士向けに書いてある本だぞと思えたら、その著者はその分野について一目置けるかもしれないということになる。
ただ、業界向けの本は普通の書店の書棚には殆ど置いていないだろう。大きな書店の法学書コーナーだとか、裁判所や弁護士会館に併設されている書店でなければ、なかなかお目にかからない。だから実際に手にとって見ることは困難かもしれないが、法律専門出版社のウェブやAmazonで調べるのが現実的だろうか。
次に出版社を見るべし
ただし、ちょっとした注意点がある。弁護士向けに書いてある本でも、出版社によって微妙に「重み」の違いがある。法律家ならだいたい持っている感覚だ。もちろん、どの出版社がどうであるかという感覚をここで逐一明らかにするわけにはいかない。しかし例えば、法律専門出版社として古くから不動の地位を築いている「有斐閣」。これくらいは紹介してもいいだろう。この有斐閣から書籍を出版しているとか、有斐閣の法律雑誌「ジュリスト」などに論文を掲載しているとか、そういう弁護士は、その分野では相当高い経験値があるといってほぼ間違いない。経験値の乏しい弁護士に有斐閣が執筆依頼することはまずなさそうだからだ。
ただ、有斐閣は、僕の個人的印象として、アカデミックな出版社なので、実務寄りというよりも学問寄りな空気感がある。弁護士など法曹実務家よりも、大学教授などの法律学者が多く関わる出版社というイメージだ。だから、有斐閣から本を出している弁護士でも、実務家としての経験値を多く積んでいる人と、学者としての経験値を多く積んでいる人とがいる。後者の典型例は、その分野の大学教授を長年勤めて退職した後に弁護士登録したという人だ。これだと、その分野の学問的知識は高く、弁護士としての肩書きも持っているが、実際の臨床実務経験は乏しく、個別事件解決の経験は殆ど積んでいないということになる。机上の理論は極めていても、生の事件処理を定期的に積み重ねていなければ、依頼するにはちょっと心許ない。
したがって、業界内で著名な出版社から業界向けの本を執筆しているというだけで、その弁護士の臨床経験値を推し量ることはできないので、あくまでも弁護士選びにプラス1ポイントの加点事由という程度にとどめておくのがいいだろう。
最後に類書や引用を見るべし
業界向けの著名出版社で執筆している弁護士に若干のアドバンテージがあるとしても、ただ1冊書いているだけとか、共著で一部執筆しただけという場合には、加点事由にするほどではなかったりもする。
例えば、新しい法令や制度が出来て、出版社が争って早く解説書を出したいというような場合には、とにかく早く初版を上梓することが至上で、そうなると、執筆者を選んでいられない。新人弁護士や、ちょっと手がけたことがあるという程度の弁護士が動員されることになる。知人の弁護士から「悪いんだけど、ちょっと急いで出版したい本があるので、共著で手伝ってくれないかな?」という電話が突然かかってきたり、弁護士会内外の勉強会からの「今度、○○をテーマにして出版することになりましたが、勉強だと思って、書いて頂ける若手の先生いらっしゃいますか?」という募集に応じたものだったりする。だから共著は、意外と経験値判断のあてにならないと思っておいた方がいい。特に、執筆者が新人弁護士ばかりの共著も多いので、奥付の弁護士登録年度を見たり、生年月日や大学卒業年度で弁護士経験を推し量ってみるといいだろう。なお、弁護士経験と登録年数の関係については、こちらをご覧頂きたい。
こうしてみると、著名出版社から単独執筆で業界向けの専門書を複数出しているとか、他の専門書籍から引用されるような書籍を単独執筆しているとか、こういう点がその分野における弁護士のアドバンテージになりそうに思う。ただ、前記のとおり、こういう執筆者は、弁護士というより「学者」であることも多く、学者は必ずしも現場の臨床経験を多く積んでいるわけではないので、依頼に向くかどうかはこれだけでは評価できない。
されど物書き好きの世界
以上であるが、結局のところ、テレビでコメントする弁護士が少数であるのと同じく、専門書の執筆をする弁護士も限られている。一言で言えば、本を書いているのは基本的に「物書き好き」の弁護士だ。しかも研究肌の人の割合が多い印象だ。専門的経験値があって、かつ、物書き好き、研究肌、こういう僅かな弁護士が執筆をしている。だから、専門書を執筆していない弁護士が、その分野の経験値が乏しいわけではない。
あくまでも一般市民が弁護士選びをする手がかりの一つとして、書籍の執筆がテレビ出演よりマシな判断材料の一つになるかもしれないということをお話しするにとどめておく。
次回以降予告
講演をする弁護士、ヤメ検・ヤメ判、広告する弁護士などについて、順にお話ししたいと思う。
(つづく)
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