弁護士 小川義龍 の言いたい放題

 30年選手の弁護士小川義龍(東京弁護士会所属)が、歯に衣着せず話します。

【連続ドラマ】弁護士抜きで臨む「調停」の怖さ(5)本人編・最終回

(前回からの続き)

 え”ーっ? コミコミで20万円!? 

婚姻費用は原則込み込みだが・・・

 婚姻費用って、生活費としてもらえる現金のことを難しい法律用語にしただけかと思ってたら、そうじゃないんだ。生活費の現金だけじゃなくて、水道光熱費だとか学費も含まれるんだ。じゃあ、仲良く夫婦やってたときの方が、いろいろたくさん使えたし貰えたじゃん。お小遣いもあったし。

 実は、うちの息子、普通に学校生活は送れてるんだけど、心臓に障害があって毎月高い治療費がかかってるんだ。今はお父さんが年金から援助してくれてるんだけど、これ別に出してくれますよねって言っても、きっと無駄だよね。どうせ込み込みなんだからダメって答えはわかってる。聞いて調停委員さんに変な顔されると、それこそ私の心臓に悪いから、もう言うのやめよう。(※26)

 こうして、不満を残しながら、全て月額20万円でいいですと調停委員に伝えた。

 「じゃあ、裁判官を交えて評議するので、いったん待合室で待っていてくださる?」

 女性の調停委員が相変わらず優しそうな顔で言う。優しいんだか、本当は何も考えてくれてないんだか、もうよくわからないや。裁判官を交えて評議って、判決みたいな宣告されるのかな?まさかね。

大好きなお父さん

 待合室に戻ると、お父さんは「どうだった?」って今度は聞かずに、黙ってお茶のペットボトル渡してくれた。受け取ったペットボトルを持ったまま、

 「お父さん・・・決めちゃった」

 と言った。

 「決めたって?」

 「うん、生活費の額。毎月20万円。全部込みだって」

 「20? だっておまえ、彼は生活費30くれてたって・・・」

 「そうなんだけど、もう払いたくないんだってさ。裁判所の人も、彼のいいなり。20万円でまとめるのが得なんじゃないかって。裁判所の人がそう言うんだったら、もう私独りで抵抗したって無駄。20万円でも払ってくれるだけマシかと思って、それで決めた。もういいよ」

 「で、でも、子どもの治療費だって毎月高いし、20じゃ全然足りんだろ」

 「お父さん、まだしばらく援助お願いすることになりそうだけど、ほんとにごめん。あたしもパートの回数増やすし。お願いしますっ」 頭を下げた。

 「いや、俺は、年金からおまえらに援助するのは構わないんだけど、でも、そういうのは本当なら旦那の彼が・・・」

 「・・・」 ペットボトルをぎゅっと握りしめた。

 「あ、いや、いいんだ。これからまた、お父さんと一緒にがんばろ。な、おまえは頑張ったんだから大丈夫だ。大丈夫」

 お父さん、やっぱり慌てた宇津井健だ。そして私が中学バレー部の県大会で優勝逃したときと全く同じこと言ってる。でも今日のお父さん、暖かいな。大好き。

いよいよ裁判官登場

 「どうも、担当裁判官の田中です。」

 呼ばれて調停室に入ると、真ん中の席に座った人からそう挨拶された。すごく若い。テレビドラマで見る裁判官って、頭を七三に分けて銀縁めがねをキラリと光らせて威厳のある偉そうな人って感じなのに、今目の前にいる人は、普通に若い男性。ぜったい30代。裁判官って、法服って言うのかな、幼稚園の子が着るスモックみたいな黒いのをかぶってるのかと思ってたら、着てなかった。半袖の白い開襟シャツにノーネクタイだった。街で会ったら、どこにでもいそうな若い会社員。それくらい普通の感じの地味な人。偉そうな感じもしない。特別なオーラ出してる人たちかと思ったら違った。(※27)

 うわ! 隣に、旦那もいた!

 裁判官だけじゃなく、旦那も隣に座っていた。調停は交互に顔を合わせないって聞いてたし、実際そうだったから、最後まで会わないのかと思ったら、旦那、座ってる。

 1年ぶりに見る顔。なんか、太ったんじゃない? 額がぎとぎと脂っぽくなってる。あ、もみあげのところ、汗、垂れてる。汚い。旦那の鼻息、静かな調停室で、スースー聞こえる。一緒の空気吸いたくない。

 どうしてこんな人が好きだったんだろう。そんなこと思って旦那のことチラ見したけど、旦那は私のこと全く見ようともせず、調停委員を見てる。でもぜったい、あたしのこと意識してるね、なんか左肩のとこ、こわばってる。(※28)

 「よろしいですか。では、婚姻費用について、おふたりの話し合いがまとまったと聞きましたので、これから調停成立のための手続に入ります。調停条項といって、合意した内容を調停調書という文書にします。これから私が、おふたりが合意した内容を読み上げますので、よく聞いていてくださいね。何か違うところがあったらその場で言ってください。あとから変更はできませんから。

 裁判官の人、たぶん同じ台詞を毎日繰り返しているんだろうね。すごく早口で一気に語った。なんだか忙しい合間を縫ってこの調停室にきたような慌ただしい感じがする。調停委員の人たちは黙っている。あれ、部屋の隅に、ノート持ってメモしてる人もいる。さっきまでいなかった。この人誰だろう。裁判官の秘書さんかな。(※29)

「調停条項」

 「それでは読み上げますね」

 「1,相手方は、申立人に対し、婚姻費用の分担として、平成27年7月から同居又は離婚に至るまで、1か月金20万円を、毎月末日限り、相手方の銀行預金口座に振込む方法により支払う。振込手数料は、相手方の負担とする」(※30)

 うん、イヤだけど20万円って金額は、ともかく正しい。ここは問題ないね。そう思っていたら、裁判官が、調停委員にひそひそ尋ねている。過去分の婚費は?とかなんとか聞こえた。

 「えーっと、調停委員から確認し忘れていたみたいですが、過去の未払い婚費はどうなさいますか。別居したのが1年前で、それから全く婚費をお支払いになってないみたいですが」

 わあ!裁判官、頼もしい!よく気がついてくれました。そうなのそうなの、全然もらってないの。ちゃんと今までの分も払ってもらいたいな。

 「・・・いえ、その分は、同居中に、彼女が勝手に使い込んだ分もありますんで払うつもりはありません」

 なんですとー!? あたし、使い込んでねっつの。嘘つきの金髪豚野郎。金髪じゃないけど。

 「これ、申立があったの4月ですね。別居の時点からじゃなくとも、一応、申立があったときから、つまり4月から6月までの未払い分はお支払い頂くのが裁判所の一般的な考えですが」と裁判官。(※31)

 「それは命令ですか?」

 あ、旦那、こういうときだけ、強い。裁判官様に楯突いてる。なんてことを。

 「いや、調停ですから、命令ではありません」

 あ、裁判官、弱い。あっさり敗退。

 「では、払いません」

 裁判官、私に視線を向けて、真剣な顔つきをして、

 「相手方はそうおっしゃってますが、どうなさいますか。もし今すぐ決められなければ、もう一度、この部分を話し合いますか。成立はそのあとでいいですよ。私はまた出直しますから」

 なんとなく、裁判官は私に、頑張れ過去分獲れって言ってくれてる気がした。若いけど、なんか頼もしそう。きっといい人。・・・かどうかは今すぐには評価しないけど。

 しかし、その一方で、重い空気感。調停委員二人以外に、裁判官、裁判官の秘書さんみたいなメモ係さん、4人もの裁判所の人がここに集まってて、私のこと見てる。私がなんて答えるか、じっと見てる。もう一度話し合いを仕切り直してくださいなんて、そんなこと言えそうにない。言ったら、全員から、こいつ空気読めない女、みたいな目で見られるに違いないって思えた。

 「・・・いいです、それで。今月分からちゃんと20万円払ってくれれば、もうそれで」

 言っちゃった。調停には、私じゃない私が座ってるのかもしれないって思った。本音とは違うことを言う私が座ってる。金額も、中身も、過去分も、全部本音とは違う内容で決まっちゃう。決めたんだ。私じゃない私がそう決めた。

 「いいんですか? もう一度この部分、話し合わなくて? 時間はありますよ」

 裁判官ダメ押してくれた。もういい、そう言ってくれただけで十分です。裁判官さん、ありがとう。でもどうせ払わない結末なら、過去分の支払なんて話題にしてくれない方がよかったな。気づかない方が辛くない。

 「大丈夫です。続けてください」

 「わかりました」

 「2,当事者双方は、長男の進学進級や病気など特別な事情があるときは、その必要な経費の負担について、その都度協議する。

  3,調停費用は各自の負担とする。

  以上です」

 え! 裁判官、最後になんて言った? 「病気など特別な事情があるときは」その必要な経費を負担を協議するって言ったよね。旦那も、この部分にはいちゃもんつけてこない。ってことは、子どもの治療費、旦那が出すってことだよね。よかった、敢えて言わないでいたけど、これは別枠だったんだ。これでお父さんの年金を当てにしないでいいかも。(※32)

 「ありがとうございました!」

 こうして、調停は終わった。独りでちゃんと頑張れた・・・んだろうか。

旦那に電話

 調停が終わって1週間ほど経った。

 裁判所から茶封筒で「調書(成立)」と書かれた数頁の紙が郵送されてきた。いまどきワラ半紙?みたいに紙質悪い。その表紙には、「別紙調停条項のとおり調停が成立した。●●家庭裁判所家事部 裁判所書記官●●」と書いてある。(※33)

 次の頁をめくると、「(別紙)調停条項」というタイトルの下に、裁判官が読み上げたとおりの箇条書きがあった。読むと確かに、「2,当事者双方は、未成年者の進学進級や病気など特別な事情があるときは、その必要な経費の負担について、その都度協議する」と書いてある。よかった、やっぱり本当だったんだね。

 ちょうど息子の治療費の請求書が届いたばかりだったので、せっかく調停でこんな風に決めたところだし、ちょっと緊張するけど、旦那に支払を請求してみようと思って、半年ぶりに旦那の携帯に電話してみた。どうせ、あたしからの電話は出ないんだろうなとか思ってたら、あっさり、出た。

 「・・・なに?」

 あー、この声。聞きたくなかったな。低くて大声。電話の音、割れてる。でも仕方ない。用事があるのはこっちだから。

 「こないだ調停で、子どもの治療費払うって。決めた、あれ。今日病院から請求書届いたから回したいんだけど、どこに送ればいい?」

 「はあ? 治療費? 請求書? んなもん、払わないよ」

 「!!」

 「払うわけないじゃん。20万円で全部だって調停委員から聞かなかった? 本当は10万円にしたかったのに、20万円だって高いと思ってるし。でも無理矢理調停委員が20万円以上払わないと裁判になるって怒るし、それで仕方なく決めた額だから、俺は絶対その額以上は払わないよ。びた一文払わない」

 「だ、だって、調停の条項に書いてあるじゃん!今日届いたよ、裁判所から、封筒」

 「そんなもん見なくても、3つしか条項ないから覚えてるよ。二つ目のやつだろ。あれ、払うなんて約束してないよ。「協議する」だよ、キョーギ!! わかる? あんた、おつむの中身入ってる? もしもーーし? 馬鹿なおつむの中身さーん! 1年も経つと、ただでさえバカがもっとバカになりましたかー!ってか? ケハハ」

 く、く、く、くやしい! しかもこんな酷い言われ方って。自分でも血の気が引くのがわかる。怒るとかじゃなくて、頭から顔から上半身から、血が抜けていく感じ。目の前の景色がモノクロになる。

 「離婚すんなら、考えてやるよ。じゃーな」

 電話、切られた。

もうやっぱり弁護士!

 電話切られたスマホの画面を呆然と見つめてた。たぶん10分くらい。もっとかな。ふと我に返って、やっぱりこの状況納得いかないので、もうちゃんと弁護士に相談してみようって思った。あたし一人で調停やって失敗したのかなって。

 《弁護士抜き》《調停》《怖い》《失敗》《法律相談》

 ってスマホに入れてググってみた。

 グーグルの検索結果に「弁護士オガワの言いたい放題」ってブログがヒットした。あれ、なんかあたしのことみたいな連載記事が載ってる。《弁護士抜きで臨む「調停」の怖さ》ってタイトル。(※34)

 じゃあ、このブログ書いてる弁護士さんにちょっと相談してみようかな。あたしの調停、成功だったのか失敗だったのかって。。。

 

(本人編・終わり)※次回からは、いよいよ弁護士による解説編!

 

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