弁護士 小川義龍 の言いたい放題

 30年選手の弁護士小川義龍(東京弁護士会所属)が、歯に衣着せず話します。

【連続ドラマ】弁護士抜きで臨む「調停」の怖さ(9)解説編・最終回

(前回は解説編・第3回)

※26 算定表の調整要素・・・特別の支出

A「じゃあ,何があっても算定表の額以上にはならないんですか?」
B「いえ,特別支出といって,私立学校に通わせている子どもの教育費(公立学校の学費を超える分)や,子どもの障害や持病による医療費などは,基準額の婚姻費用に加算できる可能性があります。一方で,婚費を支払う側が住宅ローンを支払い続けている住居に,婚費をもらう側が専ら住み続けているような場合には,住宅ローンの一部を基準額の婚姻費用から控除されることもあります」(本人編・第3回※26)

※27 調停成立の際には裁判官が入ってくる!

A「調停の初回,調停委員会は調停委員さん2名と,あと裁判官1名で構成しますと紹介されましたが,実際,裁判官は全然現れなくて,調停が成立する直前に入ってきました」(本人編・第3回※27)
B「はい。調停は,だいたい調停委員2人だけで進むことが多いですね。話し合いの節目などで裁判官を含めた調停委員会3人で評議することもありますが,裁判官が終始同席することは珍しいです。ただ,話し合いがまとまって調停成立するときや,まとまらずに調停不成立にするとき,つまり最後の場面には必ず裁判官が立ち会って,その旨を宣言します」

※28 最後は当事者同席する

A「調停は,当事者顔を合わせずに進みましたが,最後に調停成立する際には一緒に座りました」
B「そうですね。調停成立する際だけではなく,初回,調停の始めに,調停に関する一般的な流れの説明を受けるときとか,各期日の最後に今日の話し合い内容や次回の宿題を確認しあうときに,相手方と同席することがあります」(本人編・第3回※28)
A「わあ,それじゃ相手と顔を合わせたくない当事者には気の毒ですね」
B「いえ,たとえばDV夫を相手にした調停とか,当事者が顔を合わせたくない調停では,成立の時も含めて同席しないよう配慮してくれることがあります。あらかじめ裁判所に申し出ておけば,待合室や出頭時間なども顔を合わせないように配慮してくれます」 

※29 裁判所書記官って?

A「ところで,調停成立するときに裁判官と一緒に入ってきて横に座っていろいろメモをしていた人がいたんですが,あの人は裁判官の秘書さんですか?」(本人編・第3回※29)
B「裁判所書記官といいます。裁判官ではありませんが,単なる事務官とも違って,書記官という役職の人です。書記という名前から受けるイメージの通り,調停や訴訟で生じる様々なことを記録することを仕事としています。それだけではなく,当事者に書類を送達するとか,書記官ならではの仕事があり,各種裁判手続実務についてのプロといっていいでしょう。手続実務については,裁判官より詳しいこともあったりしそうです」
A「そうなんですか。秘書さんとしても通用しそうですね」
B「家庭裁判所は,裁判官,書記官,調査官,この辺の人たちが三位一体で仕事をしている感じです。特に調査官が,地方裁判所などでは常に配置されているわけではない独特の役職ですね。面会交流だとか親権だとか,子どもにまつわる調査などをします。なお,調停委員は家庭裁判所の常勤職員ではないので,彼らとは少し立場が違います。」 

※30 調停条項

A「裁判官が,皆の前で読み上げた<調停条項>なんですが,あれはどういうことなんですか?」(本人編・第3回※30)
B「調停条項は,調停の合意内容そのものです。一種の契約と思っておけばいいでしょう。普通の契約と違うのは,調停条項を調停調書にすると,約束違反があった場合には強制執行できることです」
A「強制執行?ですか」
B「はい。強制執行というのは,相手がお金の支払いをしなかった場合に,相手の財産を一方的に差押えて,裁判所が強制的に換価して配当する手続きです」
A「難しそうですね。。。」
B「あとでまた少し触れますが,いずれ私のブログで易しく説明しますから,読んでください」

※31 過去の未払い分は請求できる?

A「調停成立の直前に,過去の未払い分婚費の精算が問題になりました」(本人編・第3回※31)
B「ああ,よくあることですね。それで,調停申立ての月までちゃんと遡って払ってもらいましたか?」
A「あ!やっぱりそうしてもらうのが普通なんですか!裁判官も,そんな口振りだったんですが」
B「はい。婚姻費用は日々の生活費ですから,すでに生活できてしまった過去の分をすべて遡って払えというわけにはいきません。この辺の正しい理屈は,法律上はいろいろあるのですが,簡単に言ってしまうと,生活費は借金と違って,<今日の生活>の糧としてのお金だからです。既に生活できてしまった過去の分を,借金のように全部取り立てするのはちょっと違う感じです。かといって,一切過去の清算ができないとなると,婚費の話し合いを引き延ばせば引き延ばすほど,安く支払っている側は得を重ねてしまいます。そこで,少なくとも調停を申し立てて婚費の請求をした月までは遡って精算するのが,裁判所の一般的な考え方になっています。今年の4月に調停申立をして,調停成立したのが9月だとすると,4月から9月分まで,調停で決まった婚費と実際払われていた婚費との差額分の合計額をまとめて払ってもらうことになります」
A「それを知っていたら,粘って払ってもらったんですが,全部いらないってことにしてしまいました。裁判官はもう一度話し合っていいと言ってたんですが,なんか皆が私のことを見ていて,ここでもう一度話し合いたいなんてことは言い出せなくて。。。」
B「残念なことをしましたね。調停の物々しい雰囲気は,素人には厳しいですね。言いたいことが言えない感じになってしまいがちです。裁判官が助け船を出してくれたようですが,何も言わずに淡々と調整成立させられてしまって,気づきもしないということもあります。まあ,あとで気づいた方が損した感が増しますから,どっちがいいのかわかりませんが。ともかく,調停成立させる前に,もう一期日を入れてもらって,その間に,少なくとも弁護士に相談すべきでしたね」 

※32 協議条項は無意味?

A「はい,次から・・・いえ,次は無いようにしたいですが,必ず弁護士さんを依頼するか,少なくとも節目で相談だけでもしようと思います」
B「そうですね。自分の人生の重要な権利関係を決めるわけですから,雰囲気に飲まれて諦めたり我慢するのは馬鹿らしいです」
A「そういえば,調停条項に,<子どもの進学や病気など特別な事情があるときは,その必要経費の負担について協議する>っていう約束をしたんですが,あとで子どもの治療費を請求したら,旦那から拒否られました。これって調停違反じゃないんですか?」(本人編・第3回※32)
B「ああ,協議条項ですか。それ,皆さん誤解しやすいところなんです。おそらく旦那さんは分かっていたんだと思いますが,<協議する>と書かれているのは,話し合えばいいだけで,その結果,<支払う>ことまでは義務づけられないんです。話し合った結果,支払えないとなれば,それで調停条項違反にはならないわけです。協議といっても,<払って下さい→イヤです>,この程度の一往復も協議ですからね。だから,協議するという条項は,実質的には無内容です。もし,いくらかでも負担をさせたいなら,やはり具体的金額だとか割合などをしっかり書き込まなくてはいけません」 

※33 調停調書の意味

A「ところで,調停成立の時に,サインしたり判子を押すのかと思っていたのですが,裁判官が調停条項を口頭で確認しただけで終わってしまいました」
B「はい。調停成立とは,話し合いが合意に至ったことで,それを調停条項として文章化する作業ですが,調停調書は裁判所が作成する公文書なので,当事者がサインする必要はありません。当事者が合意した内容を裁判所が記録して公証するわけです。つまりサインするのは裁判所です」
A「当事者が,普通に契約書として合意書を作成してサインするのと何か違いがあるんですか?」(本人編・第3回※33)
B「さきほど少し話しましたが,最大の違いは,お金が支払われなかった場合に強制執行できるという点です。当事者が普通にサインして作った書類だと,約束違反の場合に直ちに強制執行はできず,その書類を証拠として用いて裁判に勝つ必要があります。裁判に勝って判決をもらって,ようやく強制執行ができます。手順が前後二段階になるわけですね。お金も時間もかかる。ところが,調停調書にしてあると,約束違反の場合に裁判にして勝訴判決をもらう必要がなく,いきなり強制執行ができます。最初の一段階分を飛ばせるわけです。相手の資産をすかさず差し押えられるわけですから,これは強力ですよ」
A「なるほど。そういう書類は判決と,調停調書だけですか」
B「あと,代表的なものとしては,<公正証書>があります。もし調停になる前に,当事者の話し合いで婚姻費用や養育費を決めた場合には,公正証書を作成しておくのが万一の備えとしてベターですね」

※34 失敗した調停をひっくり返せるか?

A「自分ひとりで調停をやってみたものの,いろいろ無知で失敗したことがわかりました。今からもう一度やり直すことはできないんですよね?」(本人編・第3回※34)
B「そうですね,調停も裁判の一種です。何度でもやり直しができたら,裁判の意味がありませんから,裁判所で決めたことは簡単にはひっくり返せないのが原則です。ただ,婚姻費用や養育費に関して言えば,<事情の変更>があれば,決め直しも可能です。そういう民法の規定があるわけですが,ここで事情の変更とは,知らなかった・誤解していたということではなく,当事者の収入に大きな変動があったとか,調停成立したときと基礎収入や扶養義務者の範囲に変更があった場合だと思っておいたらいいでしょう」
A「わかりました。今度から,先生のブログを読んで頑張って・・・いや,もう独りで頑張るのはこりごりなので,もし問題が起きても弁護士さんのところに相談に行くことにします」
B「それがいいですね。弁護士の知り合いがいなくても,弁護士会や市区町村で弁護士による法律相談が開かれています。<法テラス>といって,収入が乏しい人に対して無料法律相談など法律援助を実施している公的機関もあります。どの弁護士に相談するか・どの弁護士に頼むかは,ウェブで検索して探してもいいと思いますが,探し方のヒントは,<弁護士の選び方>として,私のブログにも連載中ですので併せて参考にしてみて下さいね」
A「はい,ありがとうございました!」
B「おつかれさまでした」 

(解説編・終わり)※以上で【連続ドラマ】弁護士抜きで臨む「調停」の怖さ・完結

後記

 試しに,前編(本編)は小説風に,後編(解説)は弁護士との問答風に,家事調停手続をブログで説明してみました。このようなスタイルが好評であれば,今後も時々こういうエントリーを書きたいと思いますので,是非,感想をお聞かせ下さい!(筆者)

小川綜合法律事務所
〒160-0004 新宿区四谷1-18-5 綿半野原ビル別館5階
Tel:03-5368-6391 / office@ogawalaw.com
Copyright(c) 2014 Ogawa & Associates Law Offices All Rights Reserved.