弁護士 小川義龍 の言いたい放題

 20年選手の弁護士小川義龍(東京弁護士会所属)が、歯に衣着せず話します。

裁判官は常識知らずか?

裁判官は常識知らずではない

 時々、「裁判官は非常識だから」とか、「机にかじりついているから、世間知らずの頭でっかちになった」とか、「裁判官だけに任せておくと非常識な裁判になるから裁判員制度が必要」だとか、こういう話を耳にすることがある。

裁判官だって普通に社会人だ

 しかし、裁判官は、社会人として普通の常識は持ち合わせているはずだ。

 社会人として普通の常識、という言い方が漠然としているなら、日本の伝統的な大企業に勤務する真面目なサラリーマンと同程度の常識、というくらいには言えるだろう。ともかく裁判官だって裁判官である前に、普通の社会人、普通の家庭人、普通の個人なわけであって、裁判官という仕事に就く人たちが常識知らずであるとひとくくりするのは間違っている。

裁判官だけが非常識と言われる理由

 ところが、同じ社会人なのに、なぜ裁判官だけが非常識だと指摘されることがあるのだろうか。世のサラリーマンが非常識だと言われることは少ないのに、なぜ裁判官だけがそう言われるのだろう。おそらく、こんな点が誤解を生む原因ではないかと思う。

(1)弁護士のいいわけ材料

 裁判に負けた際に、裁判官のせいにする弁護士がいる。まあ、私も偉そうなことはいえないが、しかし裁判に負けたのは、実は裁判官のせいではなく、弁護士の主張立証不足であることも多い。

 日本の裁判は、「当事者主義」が原則だ。当事者主義というのは、原告・被告という当事者が主張立証をたたかわせ、専らその主張立証の結果に基づいて、裁判官が判断する、こういうものだ。決して、裁判官があれこれ口をはさんだりアドバイスしたりしないという建前だ(実際、証人尋問で裁判官が鬱陶しく介入することはあるんだけどね。特に判検交流で検事出身の刑事裁判官とか。)。現代日本の裁判に、”遠山の金さん”や”大岡越前”は居ないのが原則だ。

 とりわけ民事裁判では、当事者が主張立証しない事柄については、裁判官は判断できないことになっている。裁判官としては、内心、原告がもうちょっとこの点について主張立証すれば勝てるのに・・・と思っても、そういうことは表には出さないし、勝手にその点を調査して判決することもない。だから、当事者(=弁護士)の主張立証不足によって勝てる裁判も負ける、つまり非常識な結果になることもあるのだ。(立証活動の重要性についてはこのブログ参照。

 本当は弁護士の不手際を、「いやー、あの裁判官、非常識な判決出しますねぇ」と、こういう風に依頼者に説明するわけだ。依頼者としては、当然当事者として結論に納得がいかないから、「そうですねぇ、非常識ですね、けしからん」となる。けしからんのは、依頼した弁護士かもしれないのに。

 しかし実際、裁判官の判断が本当に非常識なこともたまにはあるわけだが、それは裁判官だから非常識なんじゃなくて、その裁判官の個性が、たまたま非常識だっただけだ。どんな業界だろうと、非常識な人はいる。そういう当たり前の話だ。

(2)マスコミの短絡的報道

 次に考えられる理由として、世間の注目を集める事件で、マスコミが結論部分のみをセンセーショナルに評価しがちな傾向が挙げられるだろう。

 例えば、刑事裁判には量刑相場というものがある。類型的に、この程度の犯罪なら、この程度の刑になるのが過去の判例に照らして相当だという相場だ。この量刑相場を全く無視した裁判はありえない。なぜなら量刑が裁判官の気分次第でまちまちになるようだったら、量刑はラッキーだったかどうかということになり、それこそ平等な裁判が実現しないからだ。法的安定性は自由な社会にとって重要な要素だ。

 ところがマスコミは、「この事件はひどい」とか「この被害者は可哀想だ」という感情的な理屈で世間をあおり、判決の量刑が低すぎる、裁判官は血も涙もない、だから裁判官は非常識なんだ、とほのめかす。そうすると世間は、裁判官って非常識なんだと勝手に思い込む。

(3)クソ真面目な善意の人w

 そして最後に、コレ言っちゃいましたか的な理由を言ってしまう。裁判官は「クソ真面目な善意の人」だ(笑)。

 殆どの裁判官はクソ真面目なので、キャバクラとか、たぶん行かない。行っても、キャバ嬢を口説くことなんて1万パーセントない。ヤバそうなサイトでアダルトビデオを見たりしない。たぶん。事故を恐れて車の運転もしなかったりするし、運転しても首都高速道路都心環状線は、後続車が大渋滞しようと絶対時速60キロ以上は出さない。たぶん(でないと、刑事裁判官は成り立たないだろう)。ある意味、結構迷惑な隣人かもしれない。

クソ真面目こそ一番大切なこと

 しかし私に言わせると、こういうクソ真面目さは、決して悪いことではない。

 これは皮肉ではない。私には真似できないけれども、こういう真面目さを持つ人が裁判官なのは安心だ。世間の大多数の人は、何事も適当でいいんじゃね?的に考えてしまいがちだが、そんな風に思っていたのでは、厳格な法律の解釈適用は担えないだろう。当事者の主張立証によって、粛々と裁判してもらうためには、クソ真面目な人にやってもらうことこそ大切なのだ。

 そして裁判官は、金儲けを目指すわけでもなく、多くは出世にきゅうきゅうとしているわけでもたぶんなく、憲法上の身分保障もあり、おそらく贅沢とか怠惰な生活を送ろうと思っているわけでもなく、まさに自分たちが司法を担っているという素朴で善意の正義感を持っている人が多いと思う。

 ともかく、こういうクソ真面目さと善意の正義感が、普通のその辺の人たちにとっては、自分とは異質であり、そしてそんな人との遭遇率も低く、だから、自分とは違う=非常識と思ってしまうのではないだろうか。

 本当は非常識なんかじゃなく、常識的すぎるだけかもしれないのに。

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